「わたくしは、将棋の歴史の中で公式戦の対局数が一番多い棋士なんです。これは他の人はなかなか抜けません。わたしがダントツで一位なんです。ちなみに、参考までに言いますと谷川九段は確か1勝すると1200勝なんですよね」
「ボクは1200勝は2000年に達成しているんですけれども、谷川九段はボクよりずっと若い年齢で、あと1回勝てば1200勝のところで、ここの所だいぶ足踏みしているということを聞いています」
(注)谷川浩司九段はこの日の翌日(2011年3月10日)に関西将棋会館で行われた第24期竜王戦ランキング戦2組昇級者決定戦(vs中川大輔八段戦)に勝ち、史上4人目となる公式戦通算1200勝を達成いたしました。
「ちなみに、わたくしの勝ち星みなさん知ってますか? たぶん、あと10勝ぐらいで1300勝達成なんですよ!
これはいろんな棋士に協力して貰ってですね、早く大記録達成と行きたいんですが、わが将棋界にはですね、協力してくれる棋士は誰もいません。記録達成が近くなればなるほど、相手は『絶対に負けない!』って頑張ってきますから!」
お客さん「相撲とは違うんですね?」
「私の私見ですよ。我が将棋界は、ひとつはですね。今でこそ共同研究をやっているんですが、わたくしが対大山とか対升田の頃は共同研究がない時代ですよ。今でこそどの棋士もわたくしを除いては、ほとんど共同研究をしているんですよ。相撲の世界というのは・・・ボクは詳しくないけれども、出稽古っていうのがあって、猛特訓をしているんですよね。お互いが交流して真剣なぶつかり稽古をしている世界なので、そこが違うと思うんですよね」
「何が違うかって言うと、例えば、私は勝っても負けても関係なくて、でも相手は負けたらA級から陥落するという場合、
心の交流がほとんどないから、普通に指して相手を負かしてその棋士がA級から陥落しても、何とも思わないんですよ。いや、少しは思いますよ。そりゃ、人間だから少しは思います」
「ボクも実際にありました。有吉九段とA級の順位戦で、ボクは勝っても負けても関係ない。順位だけの事なんだけどね。でも、有吉さんはボクに負けたらA級から落ちるっていう将棋を指したの。ボクは普段は勝ったらどうとかこうとか思わない人間だけれども、さすがにライバルで同期だった有吉九段と戦って、勝って有吉九段をA級から落としたんだけれどね。
さすがにその時はですね、気にはなりましたよね」
「だけどもそれは例外的なことであって、
我々の将棋の世界というのは『どんな勝負でも普通に戦う』というのが不文律になっちゃってるんです。どんな勝負でも負かせて
『あいつは情のない人間だ!』という風にはなりません。ということになっている世界なんです」
「若干思いますよ。それは。『ちょっと考えてくれてもいいじゃないか』くらいは思うことも時にはありますよ。でも、全然考えてくれないし、でも、ボクの経験からすると、私はなんでもなくて、相手が負けたら相手が悪くなるという状況というのはあんまりないんですね。有吉さんの例ぐらいしか記憶にないです。だから、相撲とは世界が違うっていうのがあると思いますね」
お客さん「加藤先生が負けて有吉先生が助かったとしても、他の誰かが落ちるわけですよね?」
「いいご質問です! ボクはそこまで考えています。ホントに。ボクは実際にそういうことも考えて、有吉さんを負かしました。それは当然の事です」
「とは言いながら、参考までに言いますけど・・・今の若手は知らないかもしれないですけど、我が業界でですね、温かい話があります。
時間大丈夫かな?」で、会場に笑いが!
「ある有名な棋士がA級順位戦で、最後の一番で『負けたら落ちる』っていう将棋があるでしょ。で、相手のほうは勝っても負けても関係ないという将棋があったんです。その時は、負けると落ちるという棋士は真剣に戦っています。でも、勝っても負けても関係ない棋士は、普通に指したんです」
「そしたら、負けたら落ちるっていう立場の棋士のほうが勝ったんですね。そういうことはボクはあっても、温かくていいなぁと思ってるんですね。話し合いはまったくないんですけど、余裕のあるほうは普通に指して、『普通』っていうのは、まったく普通に指すんですよ。で、真剣なほうは必死に指すんわけなんです。必死に指して、余裕のあるほうは普通に指したら、必死のほうが勝ったというのを何度か目の当たりにしました」
「今の話、わかります? わかりにくいかも知れませんけども、ボク思うんだけれども、まぁ、生涯ですよ、1000局、2000局戦ってましてですよ。状況によってですね、『是が非でも、無理矢理にでも、相手に勝ってやる!』という気持ちじゃない時もあったっていいじゃありませんか。そういう気持ちは棋士にとってあって欲しいと思いますね」
この言葉、ものスゴク心に響きました。
この言葉を聞けただけでこの大盤解説会に来た甲斐があったと思いました。
part4に続く
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